私は両親とリラックスした関係でいることがいつも難しかったので、

オーストラリアへ移住してからも家族が遊びにきてくれたり、日本に帰ったりしたときに、

家族との時間がとても有難く、家族の存在に感謝する半面、

しんどさ、息苦しさ、のようなものも感じてしまっていました。

今回も帰国して数日するとそんな感覚が出始めていたのですが、その時に読んだこちらの記事。

自分を変えずに済む方法 - CHIEオフィシャルブログ

愛情がある、
つまり「優しさ」というのは

距離感を調節できる能力。

 

まさに、そのとおりだなーと思いました。

子供の頃は両親(現実)に変わってほしいと願ったり、

大人になってからは自分(の心のもち方)を変えようとしたりして

何とかうまくいく関係性を作ろうと思っていたけれど、難しかったんですよね。

両親との適切な距離感。

日本滞在中はそれを常に意識して過ごしていました。

 

実は父とは去年和解した(自分の中で)という感覚があるのです。

オーストラリアへ私たちの結婚式に来てくれて一緒に過ごした時間で

父のことが人として大好きになったんですよね。

こんな面白い人が身近にいたんだな。

それまではそのことが見える距離間になかったのですね。

私が勝手に思い込んで父とは距離を保っていたのでしょう。

父も相手を尊重する人だからあえてそんな私との距離を詰めてこようとはしなかったけど、

家族としていつもバックアップしてくれていました。

今でも難しいのは母です。

「距離感」という観点から考えると、母の調整装置は完全に壊れていると思う。

他人にはドライな母ですが、こと身内となると一気に距離を詰めてきたり、

自分自身がそれに疲れるのか一気に突き放したり。

他の兄弟はわかりませんが、私はそのことに子供のころからへとへとに疲れていました。

気分屋の母。

今はねこっ可愛がりがブームなんだ。

今は放置プレイの気分なんだ。

そんな風に考えて、「私のことを愛していないわけじゃない」と納得させなから、

自分の価値を落とさないように、母を嫌いにならないようにしてきました。

そしてさらにやっかいなところは、家族間での距離感を自分がすべてコントロールしたがるところ。

父と私、兄弟同士、家族と他人、そういう関係性に母が入ることで相手を直接見れなくなってしまう。こじれる。

父に対する私の思い込みはそれが原因だったと言っていいと思います。

それもすべて「よかれと思って」やっているから。

実際に母がやってくれることで家族を守ってくれたこともたくさんある。

ただ家族の成長を奪った面もたくさんある。

 

そんな母ですが、いつも一生懸命で、陽気で、他人であれば「愛すべきキャラ」なんですよね。

だから、好きでいられる距離感をキープする。

自分のパーソナルゾーンに入ってきたら距離をキープするために引く。

これ、とても効果がありました。

相手も自分も嫌いになる必要がない、というのはとってもラクですね。

距離感というのは感情ではなくテクニック。

相手の心地よい距離感をよめ、その調整弁が柔軟であること。

家族に限らず人間関係を豊かにするコツですね。

そしてその距離感をお互いに尊重しあえる人と「気が合う」と言うのでしょうね。