他人と家族になるということ

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金曜日はオーストラリアデイ(建国記念日)でした。
とくにこの日を意識したわけじゃありませんが、たまたまみんなの都合がついたということで、夫ママのお家でBBQをすることになりました。

いつものメンバー。
オーストラリアで家族(一族)総出としても合計11名という小さな家族です。
南アフリカ、ドイツ、日本にそれぞれルーツがありますが、オーストラリアの市民権を取っていないのは夫ママと私だけ。夫ママも近々取得するつもりらしい。私は両親が健在なうちは日本国籍は放棄しないと決めているのですが、このオーストラリアデイにオーストラリアの市民権を取得する人も多いそうです。

妹さんの旦那さんに「keiはここがHOMEという感じがしている?」と聞かれたので改めて、夫と結婚してからは完全にそういう感覚になっているなと思いました。ただ夫より長生きしたら最後は日本に帰るかな、と言ったら、夫ママが「Rがいなくなっても、他の家族がいるじゃない」と言われて、はっとした。そしてじわっと嬉しい気持ちが沸いてきました。

私は超核家族で、両親の実家から距離的に離れて住んでいたこともあり、家族や親戚との交流がかなり希薄な環境で育ちました。ですので、数年に一度親族の集まりに参加するときはいつも何か特別な席のときだし、おそらく母もそれなりに気が張っていてピリピリしていたし、私にとっては大家族の集まりはストレスでしかありませんでした。家族=メンドクサイもの、きちんとしなくてはいけないもの、隙を見せてはいけないもの、というイメージがずっとありました。

だから、夫と結婚して、いや、結婚するもっと前から、家族として受け入れてもらって、みんなの前で自由にのびのびとふるまえていることがとても不思議なのですが、家族での集まりがあると聞くと、ストレスどころか、その日が楽しみで仕方がないのです。愚痴やゴシップとは無縁で、楽しい話しかしない。オーストラリアを選んで移住してきた人たちだから、まずこの国にいられることへの感謝がある。人を批判したりジャッジする人がひとりもいない。自分たちを大きく見せようともしない。お互いのバカなところをネタにして笑って許し合う。そういうのが私の好みと合うのでしょう。

オーストラリアでまず頼る人は夫ですが、その背景にある家族は思った以上に私の安心感のベースであり精神的に支えられていることを実感したオーストラリアデイでした。